桃李塾かわら版~その21~
- mnakamuracbb
- 6月1日
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生成AIが判断を誤ることはないのか。ある特定な人間によって生み出されたものが、思想を絡ませないなんてあり得ないと思う。AIはある意味「宗教」であるかもしれない。盲目に付き合っていると、そのドグマに吞まれてしまっているのに気づかないで教化されてしまうかもしれない。AIが一気に全ての名誉名声を奪ってしまったとも言える読売ジャイアンツ監督だった阿部慎之助氏の辞任劇。何とも解せない事件だ。こうやって不都合な人間は機械によって消されていく恐怖を感じた。AIとは心して付き合わないといけない。
一会一言 吉田松陰名語(二一) 川口雅昭
君子の交わりは淡くして水の如く、小人の交わりは濃くして醴の如し。その味も知るべし。君子道義の交わりは、淡き故に久しうして変ぜず、小人利欲の交わりは濃き故に久しからずして変ず。
安政三年(一八五六)五月「講孟劄記」
【訳】
君子、道義を重んじる人の交際は、淡々として水のようである。小人、利害や欲で動き、目先の得にとらわれる人の交際は、濃厚で甘酒のようである。その違いは味わえば自然と分かるだろう。君子道義の交わりは、淡いからこそ長く続き、変わらない。小人利害の交わりは、濃いからこそ長続きせず、すぐに変わってしまう。
【解説】
『孟子』人心上四十四章の、「已むべからざるに於て已む者は、已まざる所なし。
厚くする所の者に於て薄くするは、薄くせざる所なし〔(道義上)やめてはならぬことを平気でやめてしまう者は、どんな重要なことでもなし遂げずにやめてしまう。十分に手厚くすべき事柄を平気で手を抜く者は、どんなことでもやはりまた手を抜いてしまう〕」を受けての松陰先生の教えである。
若い頃、「教師はお人好し位がいい、分かっていて騙されてやれ、ウソをいいつづける子供はいないから」と聞き、「信じられたよろこび、疑われたかなしみ」。精神の成長の過程に、一はどれほどの光明をあたえ、一はどれほどの闇黒をあたえることだろう」と学んだ。
桃李塾に集う生徒を信じている。
桃李塾とは
「心ある日本人たれ」を塾是とし、中・高校生を対象に、国家社会のリーダーたる人材を育成することを目指しています。
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