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桃李塾かわら版~その23~

令和8年7月11日予定とおり入塾・開講式を実施した。3期生は9名の入塾、今年もかなりの個性を有した面々が揃った。今月から2回、3回と会を重ねていくが、彼らたちがどう変貌し、個性を磨いていくか、今からとても楽しみだ。ご存じの通り、桃李塾は、心ある日本人を育成し、我が国のリーダーたる人材を輩出しようと志し教育を行っている。「リーダーたるもの」に成り得るにはかくも難しいことか、福岡県の醜聞が相次ぐ。松陰先生の憂い声が聞こえてきた。塾長にお願いし、松陰先生からの「喝」のお言葉を頂くことにした。心して読んで頂きたし。


一会一言 吉田松陰名語(二三) 川口雅昭

君子の辞受はただ理に当るのみと。按ずるに是れ等の処に於て、君子小人の別を知るべし。君子は何事に臨みても理に合ふか合はぬかと考へて、然る後是れを行ふ。小人は何事に臨みても利になるかならぬかと考へて、然る後是れを行ふ。故に君子となること難からず。今日大小の事に拘わらず、理は如何、理は如何と考へて是れを行ふのみ。

安政二年(一八五五)八月「講孟劄記」



【訳】

君子が辞退したり受け取ったりするのは、ただ「道理にかなっているかどうか」だけによるのである。このことから考えると、こうした場面においてこそ、君子と小人の違いが分かるのである。君子は、どんなことに向き合うときでも、まず「道理にかなっているか、かなっていないか」を考え、そのうえで行動する。小人は、どんなことに向き合うときでも、「自分の利益になるか、ならないか」を考え、そのうえで行動する。だから、君子になることはむずかしくない。今日の大小あらゆる事について、「理はどうか、理はどうか」と考え、その通りに行えばよいだけである。


【解説】

六十五歳の定年後、故郷へ帰った。その頃、田舎は田舎なりに、あちこちに「親分さん」がいるものだと感じた。我が国の悪しき慣例である。福岡県議会の醜態を耳にし、それを思い出した。代議士も孫、曾孫が多い時代である。我が国が良い国にならないはずである。「自ら反みて縮からば、千万人と雖も吾れ往かん(かえりみて正しいときは、あくまでもつらぬき守る)」との気概をもちたい。


桃李塾とは

「心ある日本人たれ」を塾是とし、中・高校生を対象に、国家社会のリーダーたる人材を育成することを目指しています。

桃李塾では、定期的に私たちの活動状況などをお送りします。

心で感じて、心を読んで、心にふれて、そんな思いに御支援をお願いします。


 
 
 

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